• 惠泉(けいせん)ノア製作所
  • 惠泉(けいせん)マナベーカリー
  • ビュウソーイング
  • ハレルヤ典礼
  • 惠泉(けいせん)アモスファクトリー
  • 文泉(もんぜん)書院
  • 惠泉(けいせん)マリア訪問看護ステーション
  • 惠泉(けいせん)ひかり訪問介護ステーション
  • レストハウス惠泉
  • イベント企画
  • 惠泉インターナショナルプログラム
  • ヴィタポート愛
  • 珈琲とパンの店ヴィタ/ショップ ヴィタ
  • 中国小麦粉料理専門店 惠泉
  • 丹波の宿 恵泉

社長室より 日々の言葉

丹波の宿 開業10周年記念 感謝祭挨拶

1 感謝の言葉

常日頃の皆様の御愛顧に、先ずもって感謝を申し上げます。始めた当初は、目玉になる観光地が無く、風呂が一つしか無く、古くて汚いので、繁栄の見通しの無い旅館だと言われました。その時、私たちで出来る努力は、畳を新しくしたり、部屋の壁を塗り替えたり、廊下の床を新しくしたりすることでした。掃除は北海道余市の恵泉塾仕込みで徹底しました。お料理も北海道の小樽から先生を招いて腕を磨いて頂きました。布団の敷き方も東京の帝国ホテルでコツを教えて頂きました。私たちは素人集団です。みんな精一杯、御客様に喜んで頂く為に、心を一つにして御仕えして来ました。

  この宿は、私が買う前は、隣のナショナルの工場を当て込んだビジネスホテルと居酒屋でした。私は自分が経営するからには酒とエロ雑誌とアダルトビデオで夜を過ごすビジネスホテルを「別世界に一変したい」と思いました。私は先ず全室から「テレビを撤去しました」「雑誌も捨てました」「喫煙コーナー以外ではタバコも控えて頂くことにしました」。それだけで、ビジネスマンには何の魅力も無い旅館になりました。

  街道沿いの喫茶店やレストランが軒並み潰れる中で、大鉈ふるってリニューアルした丹波の宿は、大方の予想を裏切って経営を続けるだけでなく、責任者として新しく派遣された江戸悌子によって、売り上げを伸ばし、経営を安定させて、今日、10周年記念の日を迎えるに至りました。全く皆様のお陰です。

 

2 自己紹介

さて、私は株式会社ヴィタポートの社長をしながら、宗教法人札幌キリスト召団の牧師をしています。会社の職種は20部門を超えていますし、教会も全国に30ヶ所を超えて散らばっています。その上、教会は各地に恵泉塾という農業を主体とした生活共同体を経営して、寝食を共にして、人生に生き悩む方々の問題解決のお手伝いをして、社会に送り返す仕事をしています。

私は、それら全ての責任を取る為に、毎月全国を巡回して、各地の必要を埋めています。ここ丹波の宿も、都賀から出張して来た今夜の料理の担当者たちの料理店も、私が巡回している部署の一つです。最近は、それが中国の大連に、アメリカのニューヨークにと広がっています。

私の大学での専門は国文学で、大学に残って江戸時代の井原西鶴の浮世草子の研究を続けようと考えていました。ですから、農業をするのも、牧師になるのも、会社経営をするのも、心の病気を治すのも、みんな専門外で、私はいつも素人なのです。

それなのに、私の仕事はどれもこれも潰れず、美事な形になっていきます。それは、私が人に恵まれているからです。スタッフに恵まれています。指導者にも理解者、協力者にも恵まれています。私は人に支えられて今日まで生きて来ました。私は本当に幸せな人間です。

 

3 会社の精神

先日、中国の大連にある日本語学校の校長先生に会いました。先生は、古くからの知り合いの婦人が数年日本に行って、全く別人のようになって帰って来たので、びっくりしたそうです。子供も、ものすごく勉強が出来るので、驚いたそうです。どうしてこんなに変化したのか聞いたら、北海道の余市にある恵泉塾で暮らして夫婦も子供も変わった、と言ったそうです。

先生は、自分の生徒も北海道で変わるかと思って、今度の夏に修学旅行で余市生活をさせて欲しいと言うのです。生活改善と意識の変革を図りたいのです。大学生には職業訓練をして欲しいそうです。私たちは中国と貿易で物の交流をしていますが、これからは教育という形で、人の交流もすることになります。

その時、私は提案しました。私は中国に貧しい中国人の為の老人ホームを建てて経営したいので、看護、介護に興味のある若者を日本に送って欲しい。私は貿易で得た収入を日本に持ち帰らずに、中国人の為に中国で老人ホームの為に使う。余市で学んだ中国人の若者は、そこで働いて貰いたい。彼らの人件費は貧しい中国人の支払う経費では賄えないので、貿易の収益から賄うことにする。それでも不足なら、日本の会社の本部で賄う。これが私の考える日中友好である、と。

先生は大変感動して、全面的に協力すると言いました。中国の金持ちの事業家たちにも呼びかけて、建築資金を集めたい、とも言っていました。

私たちの会社の精神は、このエピソードでお分かり頂けると思います。

  

4 お願い

最後に、お願いがあります。今まで私たちの丹波の宿を可愛がって下さいました、そのお気持ちを、これからも変わることなく保ち続けて下さいまして、ご鞭撻下さいますように、というお願いです。どうぞよろしくお願い申し上げます。

私たちは、皆様の御健勝と御一家の御繁栄を心から御祈念申し上げます。

以上、お粗末ながら、丹波の宿の総責任者としての挨拶と致します。

 

【2015年6月23日 丹波の宿 恵泉 開業10周年記念会より】

2015年7月3日

代表取締役 水谷幹夫

1948年、大阪府に生まれる。北海道大学文学部国文科卒業後、22年間、高等学校で国語科の教諭として勤務し、角川書店の教科書作りに参加する。その間、少年院での作文教育や、老人ホームでのボランティア活動で札幌市の表彰を受ける。小樽市塩谷にある社会福祉法人「塩谷福祉会」(精神障害者社会復帰施設)の理事を務める。

1981年、結婚して間もなくキリスト教の家庭集会を始める(現在の札幌キリスト召団)。

1996年、高校を退職し、余市の農園の入植して人生に行き詰った人達のための再生の港「惠泉塾」を開き、卒塾生の職業訓練の為に株式会社ヴィタポートを設立し、現在に至る。