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社長室より 日々の言葉

七転び八起き -リンカーンの生き方に学ぶ-

 

 七転び八起き 

   -リンカーンの生き方に学ぶ-

  

リンカーンはすごく失敗の多い人生を送ったそうです。本に、事業や選挙の失敗を列挙してありました。まず22歳で商売に失敗した。23歳で州議会議員に落選した。24歳でまた商売に失敗した。29歳で議会議長に落選した。31歳で大統領選挙、選挙人になるのに落選した。34歳で下院議員に落選した。46歳で上院議員に落選した。47歳で副大統領選挙に落選した。49歳で上院議員に落選した。ですからリンカーンの人生が花開いたのは50歳になってからでしょうか。

とにかく政治家としても事業家としてもずいぶん失敗したけれど、失敗するたびに七転び八起きですばやく起き上がり、自分の倒れた場所を振り返っては、失敗の原因を分析する知恵を神様に求め、次の挑戦に臨んだということです。

「私は選挙に落選したという報告を聞くと、すぐに、よく行くレストランに駆け込んだ。そしてお腹一杯になるまでおいしい料理を思いっきり食べた。そして次に理髪店に行き髪をきちんと手入れし、油をたっぷり塗った。これで誰も私を失敗した人だとは思わないだろう。なぜなら私の足取りは再び力強さに溢れ、私の声は雷のように力強いからだ」と書いてありました。これがリンカーンのやり方だったのです。

彼は正式の教育をたった9ヶ月しか受けていません。後は全くの独学だったのです。リンカーンは大変尊敬された大統領ですが、たくさん失敗しました。そしてその失敗から学んで、くじけなかった。七転び八起きの生き方をしたのです。「正しい者は七度倒れてもまた起き上がる。悪者は躓いて滅びる。」(箴言24章16節)これが彼の好きな聖書の言葉でした。

 次にそれと反対の話をしましょう。

赤ちゃんが生まれると3ヶ月検診とか6ヶ月検診などで赤ちゃんを保健所に連れて行きますね。保健所からハガキが来たそうです。そこに母子手帳を持ってきて下さいとか、哺乳瓶にミルクを入れて持って来て下さいとか、忘れないように携帯品が書かれていたそうです。それであるお母さんが全部チェックして持って行ったそうですが、肝心の赤ちゃんを連れて行かなかったらしいです。それで「赤ちゃんは?」と聞かれて「携帯品の項目に書いてなかったでしょ」と言ったというのです。これは笑い話ですが、そのお母さんが裁判に訴えたというのです。「携帯品の項目に書かないでおいて、当然連れてくるべきだとは、これ如何に?」というわけです。これは実話です。大学入試に筆記用具、受験票を持って行ったけれど、勉強しないで行ったとか。それでは絶対は入れませんよね。そういう感じです。一番肝心なことは書いてなくても分かるのですが、書いてなかったら〝ごねる〟。

 負けたら潔く次のチャンスに向かって前進するのがリンカーン、負けたらごねる、というのが日本人だと思えて、おもしろい話だと思いました。私はリンカーンに倣いたいと思います。あまり失敗しない人は謙遜さに欠けますね。

この大統領は大変ユーモラスな方だったようです。彼は雑貨商をやっていたことがあったそうです。当時の法律で、雑貨商は酒を売ってはならなかったのに、彼は酒を売っていた。それでダグラスという政敵が「リンカーンは若い頃、雑貨商をやって、そこで酒を売っていた。それは法律違反だ。そんな法律違反をするような人間が大統領なんかになれない」と演説の中で言ったそうです。それを聞いた聴衆はみんなざわめいた。するとリンカーンは「おっしゃるとおりです。実は酒を売っていたんです。しかし、ダグラスさんが一番ひんぱんに買いに来ていたんです」と言った。「それから私は弁護士をやって雑貨商から離れたんですけど、彼は今でも買いに行っているそうです」と言って大笑いになったということです。

おもしろいですね。やっぱり苦労しているから、そこでむきになってケンカしない。認めたうえで、彼の方がもっと悪いと言った。リンカーンってすごいですね。「ホワイトハウスを祈りの家にした大統領リンカーン」という本が出ていてベストセラーになっています。私たちも失敗を踏み台にして、更に大きな人生に立ち向かって行きたいと思います。

 

2012年10月24日

代表取締役 水谷幹夫

1948年、大阪府に生まれる。北海道大学文学部国文科卒業後、22年間、高等学校で国語科の教諭として勤務し、角川書店の教科書作りに参加する。その間、少年院での作文教育や、老人ホームでのボランティア活動で札幌市の表彰を受ける。小樽市塩谷にある社会福祉法人「塩谷福祉会」(精神障害者社会復帰施設)の理事を務める。

1981年、結婚して間もなくキリスト教の家庭集会を始める(現在の札幌キリスト召団)。

1996年、高校を退職し、余市の農園の入植して人生に行き詰った人達のための再生の港「惠泉塾」を開き、卒塾生の職業訓練の為に株式会社ヴィタポートを設立し、現在に至る。