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お知らせ

マリア
【利用者様の声】自宅で過ごした思い出

利用者の故高尾信良様のご家族、伊藤日和(ひより)さんに、ご両親の介護と惠泉マリアについての思い出を振り返っていただきました。 

 

「今から5年程前に遡ってのことです。小樽に住む両親の手伝いによく通っていました。当時、父は87歳、母は83歳。母が62歳の時、『ウイルス性髄膜炎』を発症し、それ以後、生活のほとんどを父が担う、いわゆる老老介護生活でした。手伝いに行くと、『何しに来たんだ!おまえらの世話になる気はないからな!!』と、ぐりぐり目玉で怒っていた父でしたが、20年以上の介護に疲労とストレスが重なり、ガンに倒れてしまいました。千葉から半日かけて来ているのに、『何て事を言うんだ、このクソオヤジ!』と内心思いつつも、何故か足を運んでしまう…。まるで見えない“力”が働いているようでした。

 

平成19年10月11日、父の手術の日程が決まりました。退院後のケアを“惠泉マリア訪問看護ステーション”に頼みたいと思っていた私は、両親、姉夫婦にそのことを話しました…が、『俺は仏教だからな!』と強い口調で怒鳴り、キリスト教が家に入ることに、家族が非常に消極的でした。ですが、私の思いは変わらず、北海道余市から片道一時間以上もかけて来て頂けるのか、清野さん(当時の余市惠泉マリア訪問看護ステーション所長)にお伺いしました。お返事は、”OK”でした。涙が流れ落ちる程、感謝でした。

 

「余命6ヶ月か1年」と宣告されながらも、平成20年4月2日リハビリを終え、無事に帰宅しました。近くにいる主治医に、訪問看護の依頼の意見書を書いて頂くお願いに行きました。ところが、『訪問看護のシステムは近くにもあるのに、なんでわざわざ遠くを利用するのか。宗教が運営母体なんて…金儲けか!』とまさかの言葉にビックリ!そのままの言葉を清野さんに聞いて頂きましたら、『私が直接行って、話をするわ!』と。その真剣な眼差し、あふれる勢いにまたビックリ!しかもたった一回の話し合いで承諾を得て来たのに、またまたびっくり仰天!!

 

4月22日、清野さん、岸本さん、綾子さんの看護ケアがスタートしました。『あ~神様、整えて下さいまして感謝!!』という思いでした。父の看護ケアに来てくださるのに、『お父さん、少し歩いた方が良いからね。散歩に行きましょうか?お母さん(の車椅子)は私が押すから大丈夫よ。』と母の方まで手を差し伸べて下さるなど、それはそれは献身的なケアでした。他ではありえないケアです。

 

10月に入り、水分、食事が取れなくなり、点滴治療が始まりました。箸を持つことも、立っていることも出来なくなり、17日、岸本さんが来てくださっていた時に、『自宅で診るのは限界かも・・・』と相談の結果、救急車で病院に向かうこととなりました。見送って下さった岸本さんの表情を今も忘れられません。

 

翌年、1月1日(元旦)午前8時40分、父は永眠しました。

 

亡くなる一週間前、父がリハビリの先生に、『家族に手紙を書きたいのだが、手伝って欲しい』と。葬儀を済ませ、千葉に帰宅した数日後、私のもとに、父からの年賀状が届きました。たどたどしく、おぼつかない自筆で、『ありがとう』と一言書かれていました。

 

神様、お導きに感謝します。ありがとう!

 そして今、母が私のもとに居ます。 ハレルヤ、ハレルヤ!!」 

 

(伊藤日和)

2012年10月24日